誰かのようになりたいと思う危険性

久々にお写真を借りてきました
今でも憧れる
アンジェリーナジョリー

○○さんのようになりたい!

という憧れをもち、目指すのは
とても良い事だと思うのですが、

私はある意味、超!危険だとも思っています。

何故なら
誰かのようになるなんて
本来の自分を活かせないからです。


先ず、外見や内面、自然と行っている所作を含め
自分がどういった味を持っている人間かを知り、
それを表現していくほうが
違和感もなく、無理もなく、
唯一無二の存在感と魅力が放たれると思います。


何も私も偉そうなことは言えませんで…
恥をしのいで告白すると、
私も今年の2月3月あたりは
ハリウッド女優、アンジェリーナジョリーを
目指していました。。。

あの溢れんばかりの官能美を体現したくて
ストイックな私は、1カ月ほど
「なりきりアンジェリーナジョリー」生活を送ったんです。

で、結果はどうだったかと言いますと

疲れきって、逆に自信がなくなりました。


先ず、ずーっと演技をし続ける事に疲れる。
これ何故、板につかず、
演技にしかならなかったかと言いますと

そもそも、私の中に
アンジェリーナジョリーの資質は入っていないからです。

つまり、成れないから憧れてた、ということです。

アンジェリーナジョリーの官能美を正としてしまった為、
努力してるのに、それに成れそうもない自分に、
自信がなくなるわけです。

もしかしたら1年続けたら、成れたかもしれません。
(いや、絶対成れないと思いますが)

ただ、その1年努力するくらいであれば、
私が持っている官能美は何か、
を探し、それを開放する(活かす)方が、
1000倍ラクで自然ではないかと思います。

もちろん、演技し続けるという選択肢もありますが、
それを続けるだけの、覚悟と根性は
非常に必要となってきます。


私は、この「なりきりアンジェリーナジョリー」を経て
つくづく思います。

憧れの誰かを目指すとき、

成れるから憧れているのか
成れないから憧れているのか

どっちかしっかり見極めないと
自分を見失うだけだと。

Author: Amelkis-Maki08

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