女性で在る私を受け入れる

突然ですが、私は今年

「女性性」

という言葉を、いたる所で耳にしているんです。

もう本当に行くところ先々
新しく出会う方々も旧知の知人も

揃いもそろって「女性性」というメッセージの
雨嵐状態です。


もうこれは天からのサインとしか
考えられないレベルに達していたんです。


それで、いい加減に気づいたんです。

私は女性らしくいる事は受け入れていても
女性性は否定し続けてる、ということに!

女性らしい服装や外見は好んでしていても、
母性や調和したい、だったり、他を受け入れたい
という柔らか~いまる~い気持ち
この感情をもっている事を否定していたんです。

ちょっと話は飛びますが、
私の母方の家というのは
代々、跡取りに困っていた家でして
養子を迎えることを先祖代々続けてきています。

なんでしょうか、

「男を産まねば!しかも、なるべく沢山!!」

という必死の想いがDNAに刻みこまれてるのでしょう。
かなり時代錯誤しておりますが、
脅迫観念に近いものを感じます。


私の母は4人子供を産んでいますが、
男は1人だけで、母に言わせると足りておらず、

私たち姉妹を前に、
「女なんて産んでも損なの…」
と平気で言っちゃいます。
(本人は全く悪気はないんですけどね)

「生命に損得なんてないよ、何時代やねん」
と今では心底思いますが、
小さい頃の私は

「女の私は損な存在である」
と刷り込んでしまったわけです。

最高の褒め言葉は
「Makiちゃんは女にしとくには勿体ないほど強い」
でしたから。


なので、ハイヒールという
如何にも女性らしい装いを身につけても

なんか侍風になってしまうんですよね…
なんと言うか、女装した侍がハイヒール履いている
みたいな感じです。

強そうですし、中身と外の性別が違うから
そもそも(私にとっては)違和感でしかない。

何故、「女性性」というキーワードが
私の周りに飛び交うようになったか
考えてみますと、


子供を産み育てる過程で
釘で打ちまくって封印していた母性が
否応なしに顔を出し始めたのを
キッカケに

本来の柔らかい性質を
無視し続けるのに
根っこの部分が限界を感じ始めたのだと思います。


別に侍がハイヒールでも良いんですが、
私はもっと自然に呼吸をするように
たおやかな姿でハイヒールを履きたいですし

そういう女性の本質を大切にした
ハイヒールを伝えていきたいと思っています。

江戸の女性の風刺画のような
曲線の柔らかさと優しさがイメージです。


違う私を目指しているのではなく、
凍っていた本来の私を解凍しているだけなので
非常に自由を感じる毎日です。

Author: Amelkis-Maki08

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