万国共通の常識や基準はないよ

コロラド州の絶景
世界中から富裕層が集まる
リゾート地の1つです

今日はハイヒールから離れて
アメリカ時代について書いてみます。

私は18歳から24歳までの6年間を
アメリカで大学生&社会人として過ごしたのですが、

強烈に学んだことって

「世界共通の常識とか基準はない」
「大切なのは、自分がどう生きたいか」

ってことだったんです。

当たり前ですが、18歳の私は
日本の常識をもって渡米したわけですが
全く通用しないわけです。

輪を大切にする、とか
使った食器を洗っておく、とか
授業中は足を机に乗せないとか、等々。

(掃除は自分がするものではなく
清掃員がするもの、が常識です。)

ただですね、アメリカ国内でも
常識や基準は、地域によって異なります。

私は幸運なことに
アメリカでも2つの州に住む経験をしていて、

最初の2年間を過ごしたミズーリ州と
残り4年間を過ごしたコロラド州では

日本とアメリカの差ほどは無いにしても
やはり、ところどころ違いがあるわけです。

旅行で訪れたNYCも、
常識や基準が違うなぁ、と
感じたことは沢山ありました。

その後も、バイオリン奏者として
2ヵ月イタリアにも住みましたし、

自分の足で歩くような
海外旅行も何度となくしておりますが、

やはり、
世界で共通する、常識や基準って
あるようで、ない。
と確信しています。

だからこそ、
最終的に大切になってくることは

何処にいてもブレない
自分をもっているか、です。

要するに、
私はこういう人間で
こういった生き方をしたいです。
というところ。

だから、それが何かが腹落ちする前に
誰かが言う、常識や基準に合わせようとすると、
絶対に苦しくなってきます。

そこから一歩外れると、
その常識や基準が通用しないからです。

これが常識です!
と言われているものを学ぶのって
楽ですよね。

自問自答しなくてもいいですし、
そこに属している限り
恥をかかなくてすみますから。

でも、それでは
いったい誰の人生を生きてるの?
になってしまうわけです。

えらそーに書いていますが、
私も、「強烈にアメリカで学んだ」
と言いつつ、最近まで忘れてました。

忘れて、何かに自分を合わせにいってました。

だから、周りの評価が気になるし、
自分を大きく見せよう、
としてしまっていたわけです。

今日も、その事に気付く出来事があり
改めて、自分への教訓として
これを書いているのです。

日本風に言うと、
「自分道」
を見つけにいくってことですね。

ぷくぷくアメリカ時代
これは確か
ハーフサイズのパンケーキ

Author: Amelkis-Maki08

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